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Research

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図2.イネMEL2は減数分裂直前の生殖母細胞の細胞質でRNA顆粒を形成

(A) 減数分裂直前のイネ葯の横断切片(左)。MEL2-GFP(緑)は、葯室の花粉母細胞で細胞質全体に広がる弱いシグナルに加えて、顆粒状の強いシグナルを形成する。右は細胞質の拡大図。

(B) 減数第一分裂前期のイネ葯の横断切片(左)。減数分裂期に入るとMEL2-GFPのシグナルは全く検出することができない。MEL2は減数分裂直前の生殖母細胞のみで機能し、減数分裂への移行タイミングを制御していることがわかる。バーは5µm。

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図1.イネAGO4aは減数分裂細胞でDNAメチル化に機能する

(A) AGO4aは減数分裂細胞核に局在し(矢頭)、減数分裂特異的な24nt phasiRNA、次いで転移因子 (TE)に由来する24nt TE-siRNAと高頻度で結合。(B) 減数分裂細胞単離の概要。

(C) DNAメチル化を受けるCG、CHG、CHH(H=A, T, C)のうち、減数分裂直後の小胞子におけるCHHメチル化がago4a変異体で顕著に低下。

(日本遺伝学会第96回大会Best Papers賞受賞発表内容)

1. 植物の生殖発生および減数分裂を促進する分子メカニズムの研究

 

生息域の環境が悪化しても自ら別の場所に移動できない植物は、独自の環境応答および生殖のシステムを進化させました。例えば、被子植物の重複受精など、植物に独特な生殖様式として盛んに研究されています。野々村研では、生殖成長への転換から受精に至る全ての過程に興味をもって研究に取り組んでいます。

 

中でも、減数分裂を促進する分子メカニズムの研究に力をいれています。減数分裂は、相同染色体のペアリングと相同組換え機構を介して、両親とは異なる多様なハプロタイプを創出し、次世代に伝達する重要な役割を担います。また、ペアリング過程における染色体の数や構造のモニタリングを介して、種の維持に貢献しています。

 

その重要性にも関わらず、私たちが研究を開始した2000年当時、機能が明らかにされた減数分裂関連の植物遺伝子はほとんどありませんでした。私たちは、イネ変異体集団から不稔系統を多数選抜し、減数分裂細胞を含む生殖細胞の発生を促進する5つの新規遺伝子を同定し、その機能を解析してきました。

 

代表的なものの一つに、イネ生殖特異的アルゴノート (AGO) タンパク質MEL1があります。AGOは、ガイド分子として結合する20から30塩基長の小分子RNAを介して、その配列に相補的な標的RNAと結合します。細胞質に局在するAGO/小分子RNA複合体 (RISC) は、主にmRNAの分解や翻訳抑制、外来ウィルスの防御など、核に局在するRISCはRNAを介してクロマチンに結合し、転写やトランスポゾンの抑制、染色体高次構造の形成などに機能すると考えられています。MEL1は減数分裂に至る生殖細胞の細胞質で特異的に発現します。野々村研では、標的遺伝子の特定によるME1、および生殖細胞で機能する他のAGOの生物機能の解明(図1)を目指しています。

減数分裂組換えは、交雑による従来型の品種改良において、新たな遺伝子組合せを生み出す育種の根本原理です。しかし、ゲノム上で減数分裂組換えが起こりやすい場所と起こりにくい場所があり、後者の場合、優良形質と劣悪形質の遺伝的連鎖が交雑を繰り返しても解消できない、いわば「連鎖の引きずり」問題がしばしば発生します。このような領域に人為的に組換えを起こすことができれば、品種改良の飛躍的な効率化が可能となります。今後は、変異体やゲノム編集技術を組合せた、新しい品種改良技術の開発にも取り組む予定です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2. 植物の減数分裂開始・移行メカニズムの研究

 

私たちは2011年に、イネMEL2遺伝子を同定しました。mel2変異体では、減数分裂への移行タイミングが異常になり、最終的に全ての減数分裂細胞が減数分裂の途中で細胞死します。MEL2は、減数分裂直前の生殖母細胞で、細胞質RNA顆粒を形成することがわかりました(図2)。RNA顆粒は一般的に、標的mRNAの分解・安定化・翻訳抑制などを制御すると言われており、MEL2顆粒も同様の働きにより減数分裂移行タイミングを制御する可能性があります。今後は、MEL2が標的とするmRNAや相互作用するタンパク質の同定を通じて、MEL2機能に迫りたいと考えています。

 

MEL2と遺伝的に相互作用する遺伝子のひとつとして、細胞壁成分のひとつカロースの合成酵素GSL5を見出しました。減数分裂に移行する直前、植物の減数分裂細胞は厚いカロース壁で覆われ、古くから減数分裂開始の指標として研究者に認識されていました。gsl5変異体では、減数分裂直前のカロース壁の蓄積が消失し、従来報告されていた花粉形成不全に加えて、減数分裂異常もみられました。すなわち、MEL2に依存した減数分裂タイミング移行制御の下流で、カロース壁の合成が重要な役割を果たすことが、私たちの研究で初めて明らかになりました。

 

植物の減数分裂進行は、多分に環境の影響を受けることが知られています。イネでは、減数分裂が進行する穂孕み期に低温を受けると不稔を生じます。MEL2が形成した細胞質RNA顆粒は一般に、細胞外の環境変化に鋭敏に反応してサイズや数がダイナミックに変化します。また、カロースは植物が病原菌に攻撃された際の防御反応に組み込まれています。すなわち、MEL2による減数分裂制御系そのもの、あるいはその上流経路が環境応答性を備えている可能性が十分考えられます。今後はその様な視点も含めてMEL2依存的な減数分裂移行制御メカニズムの解析を進める予定です。

 

 

 

 

 

3. 減数分裂と陸上植物進化に関する研究

陸上植物は、配偶体と胞子体という2つの異なる体(生殖世代)をもっています。配偶体で作られた配偶子が受精し、受精卵は体細胞分裂を繰り返して胞子体を形成します。この生殖様式は「世代交代 (alteration of generation)」と呼ばれます(図3A)。一方、陸上に進出する前のシャジクモ類の生活環は、配偶体のみで構成されます。受精卵は直接減数分裂に移行し、すぐに配偶体世代に戻ってしまうからです(図3B)。陸上植物の進化に伴い胞子体の大型化が進んだことから、胞子体世代の獲得が、陸上の過酷な環境への適応に大きく寄与したことが伺えます。

 

なぜ陸上植物は胞子体を獲得することができたのか?その背景にある分子メカニズムは未だに謎のままです。1908年に、イギリスの植物学者Frederick Orpen Bower博士は、陸上植物の進化と減数分裂の関係に関する重要な仮説を提唱しました。それは、陸上進出前の植物の生活環において、受精卵が減数分裂を経て配偶体を再生する過程で「減数分裂の遅延」が生じ、減数分裂と配偶体世代の間に将来胞子体となる体細胞分裂の挿入が起こったとする説です。別の説も提唱されていますが、状況証拠などから今では胞子体挿入説(減数分裂遅延説)の方が有力視されています。

 

では、陸上進出前の植物に「減数分裂の遅延」をもたらす背景となる分子機構とは何だったのでしょう?私たちは、上述のMEL2のような遺伝子が鍵となったと考えています。事実、MEL2様タンパク質は、陸上植物につながる系統群であるストレプト植物(Streptophytes)では広く保存されますが、もう一つの系統群である緑藻植物 (Chlorophytes)では保存されていませんでした(図4)。

 

今後は、被子植物だけでなく、陸上植物につながる系統群に属する接合藻類なども研究対象に加え、MEL2および関連遺伝子の減数分裂開始・移行制御と陸上植物の進化との関係に迫りたいと考えています。

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図3.シャジクモ類と陸上植物の生活環

(A) シャジクモ類の生活環。配偶子(gamete、精子と卵細胞)が受精した後、接合子(zygote, 2n)はすぐに減数分裂を行い、配偶体(gametophyte、n)を形成する。

(B) 陸上植物の生活環。配偶子(gamete、精細胞と卵細胞)が受精した後、接合子は体細胞分裂を繰り返して多細胞性の胞子体(sporophyte、2n)を形成する。胞子体の一部が生殖器官となり、生殖母細胞が減数分裂を経て配偶体(花粉と胚のう)のなかに配偶子(精細胞と卵細胞)を形成する。配偶体と胞子体が交互に現れる生活環を「世代交代」という。陸上植物が胞子体を獲得した背景として、減数分裂の遅延により、接合子と減数分裂の間に体細胞分裂が介在する余地が生まれたとする説が有力である。

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図4.MEL2様タンパク質は多くの陸上植物および陸上植物の系譜につながるシャジクモ類で保存されている

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